三種混合ワクチン(トリビック)接種のご案内
百日咳・ジフテリア・破傷風から、あなたと大切な人を守るために
風邪の咳だと思っていませんか? それは「百日咳」かもしれません

風邪の他の症状は治まったのに、咳だけがいつまでも続く…そんな経験はありませんか?多くの方が、数週間、時には数ヶ月も続くしつこい咳に悩まされています。単なる「風邪の治りかけ」や「咳が長引いているだけ」と思いがちですが、その背後には「百日咳」という感染症が隠れている可能性があります。
重要: 百日咳は大人では典型的な症状が出にくいため見過ごされがちですが、非常に感染力が強く、特にワクチン接種を完了していない赤ちゃんにとっては命に関わることもある病気です。そして、その赤ちゃんへの感染源は、多くの場合、咳をしている大人なのです。
幸いなことに、大人もワクチン接種によって百日咳を予防することができます。当院では、成人の方にも接種可能な百日咳含有ワクチン「トリビック」を入荷し、皆様の健康と大切なご家族を守るために、積極的な接種をおすすめしています。
大人の百日咳について知りましょう
百日咳とは?
百日咳は、「百日咳菌(Bordetella pertussis)」という細菌によって引き起こされる急性の気道感染症です。特有の激しい咳発作(痙咳発作:けいがいほっさ)が特徴で、その名の通り、咳が100日近く(約2~3ヶ月)続くこともあるため、「百日」咳と呼ばれています。
どうやって感染するの?
百日咳菌は、感染者の咳やくしゃみによって飛び散る飛沫(しぶき)を吸い込むこと(飛沫感染)、または菌が付着した手や物を介して(接触感染)感染が広がります。感染力が非常に強く、1人の感染者から平均して12人から17人にうつす可能性があると推定されています(基本再生産数 R₀ = 12~17)。これは、はしか(麻疹)に匹敵するほどの強さであり、近年の新型コロナウイルス感染症よりも高い可能性があることを示唆しています。
大人の症状:典型的ではない「長引く咳」とその影響
百日咳といえば、子供が顔を真っ赤にして激しく咳き込み、最後に「ヒューッ」と笛のような音を立てて息を吸い込む(ウープ)という特徴的な咳発作(痙咳発作)を思い浮かべるかもしれません。しかし、大人の場合は、このような典型的な症状を示すことはむしろ稀です。
大人の百日咳で最も多いのは、しつこく続く咳です。数週間から、長い場合は2~3ヶ月にわたって咳が続くことがあります。咳の発作自体は非常に多く(70~99%)、特に夜間にひどくなる傾向があります(夜間の咳発作 61~87%)。その他にも、息を吸う時にゼーゼー、ヒューヒューという音(喘鳴)がしたり(8~82%)、咳き込んだ後に吐いてしまったり(咳後嘔吐 17~65%)、発熱(87%)、鼻水(58%)、喉の痛み(31%)などの症状が見られることもあります。たとえ典型的な「ヒューッ」という音がなくても、咳自体は非常に激しく、様々な合併症を引き起こす原因となります。
大人が経験しうる合併症
大人の百日咳は、単に咳が長引くだけではありません。激しい咳によって、日常生活に支障をきたす様々な合併症が起こり得ます。これらは決して軽視できません。
- 睡眠障害・不眠(約77%): 夜間の激しい咳発作で、ぐっすり眠れなくなる方が非常に多いです。
- 体重減少(3~33%): 長引く咳による体力消耗や食欲不振から、体重が減ってしまうことがあります。
- 尿失禁(3~28%): 咳き込むことでお腹に強い圧力がかかり、思わず尿が漏れてしまうことがあります。特に出産経験のある女性に起こりやすい傾向があります。
- 失神(2~6%): 激しく咳き込むと、一時的に脳への血流が低下し、気を失ってしまうことがあります。
- 肋骨骨折(1~4%): 咳の物理的な衝撃で、肋骨にひびが入ったり、折れたりすることがあります。「咳をすると胸が痛い」と感じて受診し、レントゲンで骨折が見つかるケースもあります。
- 無呼吸発作(27~86%): 赤ちゃんほど顕著ではありませんが、大人でも咳発作時に一時的に呼吸が止まることがあります。
- 副鼻腔炎(13%)・中耳炎(4%): 咳や鼻の炎症が波及し、副鼻腔炎や中耳炎を併発することもあります。
赤ちゃんの場合、肺炎や脳症といった重篤な合併症のリスクが高いですが、大人にとっても、これらの合併症は生活の質を著しく低下させる深刻な問題です。
なぜ大人では診断が難しいのか
大人の百日咳は、症状が典型的でないため、単なる風邪や気管支炎、咳喘息などと間違われやすいのが現状です。診断を確定するための検査にも、いくつかの難しさがあります。
- 細菌培養検査: 百日咳菌を喉などから採取して培養する方法ですが、特に症状が進んでからや、ワクチン接種歴のある大人では菌の検出率が低く(成人で約9%)、診断が難しいことがあります。菌が見つかるのは、咳が出始めてからの初期(カタル期)に限られることが多いです。
- 血液検査(抗体検査): 血液中の百日咳菌に対する抗体の量を調べる検査です。感染を確認できますが、感染初期には抗体が上昇しないため、早期診断には向きません。通常、2週間以上の間隔をあけて2回採血し、抗体価が4倍以上に上昇していることを確認する必要があります。あるいは、1回の採血でも非常に高い抗体価が確認されれば診断の助けになります。
- 遺伝子検査(LAMP法・PCR法): 喉の奥などを綿棒でこすって採取した検体から、百日咳菌の遺伝子を検出する方法です。比較的早期から検出が可能で、感度も高いとされています。しかし、症状が典型的でないために百日咳が疑われず、検査が行われないケースも少なくありません。
このように診断が難しいことから、大人は自分が百日咳にかかっていることに気づかないまま、感染源となって周囲の人、特に抵抗力の弱い赤ちゃんにうつしてしまうリスクが高まります。症状が軽いから、特徴的な咳がないからといって安心はできません。むしろ、そうした「隠れ百日咳」こそが、感染拡大の大きな要因となっているのです。
なぜ大人のワクチン接種が重要なのか:自分と大切な人を守るために
子供の頃の免疫は消えていく
子供の頃に接種した百日咳ワクチンによって得られた免疫は、約4年から12年ほどで徐々に低下していきます。そのため、子供の頃にしっかり予防接種を受けていても、思春期以降になると再び百日咳にかかるリスクが高まります。
自身の健康のために
百日咳にかかると、数週間から数ヶ月にわたる執拗な咳に悩まされるだけでなく、睡眠不足、尿失禁、肋骨骨折といった、つらい合併症を引き起こす可能性があります。ワクチン接種は、こうした苦痛を回避するための有効な手段です。
赤ちゃんを守る「まゆ(Cocoon)戦略」
生後6ヶ月未満の赤ちゃんは、まだ百日咳ワクチンの定期接種を完了しておらず、百日咳に対する免疫が十分ではありません。赤ちゃんを取り囲む大人たちがワクチンを接種することで、免疫の壁を作り、赤ちゃんを繭(まゆ)のように感染症から守ります。
大人の百日咳ワクチン接種をおすすめしたい方
百日咳ワクチン(トリビック)の接種は、基本的にすべての大人が追加接種の対象となり得ますが、特に以下のような方々には、ご自身と周りの大切な人を守るために接種を強く推奨します。
すべての大人の追加接種として: 子供の頃のワクチン接種から時間が経ち、免疫が低下している可能性のあるすべての方。特に、最後の百日咳含有ワクチン接種から10年以上経過している場合は、追加接種を検討する価値があります。
特に推奨される方々
- 赤ちゃんと接する機会の多い方: ご両親、祖父母、兄弟姉妹、保育士、ベビーシッターなど、日常的に乳幼児と接する方は、「まゆ戦略」の観点から非常に重要です。お孫さんの誕生を控えている祖父母の方にも、ぜひ接種をおすすめします。
- 妊娠中・妊娠を希望される方とそのご家族: 妊娠中のワクチン接種は、お母さん自身の感染予防に加え、抗体が胎盤を通じて赤ちゃんに移行し、生まれた直後からの赤ちゃんの百日咳予防に繋がります。
- 医療・介護・保育・教育関係者: 感染リスクが高い環境にいるだけでなく、免疫力の低い患者さんや子供たちに感染を広げてしまうリスクもあるため、接種が強く推奨されます。
- 咳が長く続く方: 診断が難しい百日咳の可能性を考慮し、予防・診断の一環として接種を検討することがあります。
当院で扱う「トリビック」ワクチンについて
どんなワクチン?
トリビックは、百日咳(Pertussis)、ジフテリア(Diphtheria)、破傷風(Tetanus)の3つの病気を予防する混合ワクチンです。分類としては「DTaPワクチン(沈降精製百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン)」にあたります。もともとは乳幼児の定期接種用に開発されたものですが、2016年頃から、免疫が低下した成人への追加接種用としても承認され、使用されています。

効果について
トリビックの接種により、時間の経過とともに低下した百日咳、ジフテリア、破傷風に対する免疫を再び高める(追加免疫・ブースター効果)ことができます。国内で行われた臨床試験では、成人にDTaPワクチン(トリビックに相当)を接種した結果、これらの病気に対する抗体価が有意に上昇することが確認されています。
考えられる副反応
ワクチン接種には、まれに副反応が起こる可能性があります。トリビックは小児用のDTaP製剤であるため、成人への接種では、海外のTdapワクチンと比較して注射部位の局所反応がやや強く出ることがあります。しかし、その多くは一時的で軽度なものです。
主な副反応:
- 注射部位の反応(局所反応): 赤み(発赤)、腫れ(腫脹)、痛み(疼痛)、しこり(硬結)、かゆみ、熱っぽさなどが比較的高頻度に見られます。
- 全身反応: 発熱、頭痛、だるさ(倦怠感)、筋肉痛、下痢、嘔吐などが起こることがありますが、通常は軽度で、数日以内に治まります。